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東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)9号 判決

一 請求原因一ないし三の事実、すなわち、本願発明についてされた特許出願から本件審決の成立に至る特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点は、いずれも当事者間に争いがない。

二 そこで、原告が主張する本件審決の取消事由の存否につき判断する。

(一) 反応条件の差異について

1 温度条件

成立に争いのない甲第五号証によれば、第三引用例には、ポリエーテルポリオール(グリセリルトリヒドロキシポリオキシアルキレンエーテル)の製造について、鋼製反応容器中において、グリセリンと水酸化カリウムの混合物に、温度を約一一〇℃ないし一三五℃の範囲に保つために、プロピレンオキシドを徐々に添加した旨の記載があることが認められ、グリセリンにプロピレンオキシドを付加する場合に、一一〇℃ないし一三五℃の温度条件を採用することが示されているから、この点に関する本件審決の認定に誤りはない。もつとも、前掲甲第五号証によれば、第三引用例には、プロピレンオキシドの付加反応につき、約一二〇℃ないし一四五℃の温度条件を採用した旨の記載や約一二〇℃ないし一四〇℃の範囲の温度条件が好ましい旨の記載もあることが認められるけれども、前示のとおり、第三引用例の示す温度条件に関する本件審決の認定が格別誤りとはいえないのみならず、原告主張のとおり、それが一二〇℃ないし一四〇℃の範囲であるとしても、本願発明の温度条件である七〇°Fないし二七〇°F(約二一℃ないし一三二℃)とは、数値上一部の範囲において重複することに変りがない。

ところで、原告は、本願発明の温度条件が臨界的意義を有するものであり、第三引用例の温度条件と一部分重複しているとしても、両者の間に技術的関連性はないと主張する。成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明が温度条件を七〇°Fないし二七〇°Fに限定した理由は、反応時間の延長防止と副反応の防止にあることが認められ、一方、前掲甲第五号証によれば、第三引用例においても、温度条件はかなり臨界的であるとされ、温度条件を限定した理由は、反応速度を適正に確保し、副反応に起因する生成物の望ましくない変色を防止することにあると認められる。してみれば、本願発明と第三引用例の温度条件は、いずれも臨界的意義を有するとしても、これを限定した理由は、表現において異なる点があるけれども、実質的に同一であつて相違はないから、両者が数値上一部分重複していることとも相まつて、その間の技術的関連性の存在を否定することはできず、第三引用例の温度条件は本願発明のそれを示唆するものということができる。

2 無水条件

当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明はサツカライドの水溶液を使用するものであつて、水の存在が要件となつていることは明らかであるのに対し、前掲甲第五号証によれば、第三引用例は実質的に無水の反応条件を採用しているものであることが認められる。しかしながら、当事者間に争いのない本件審決の理由によれば、本件審決は、右の差異が存在することを前提としたうえ、本願発明が水を溶媒として使用することは水に易溶性であるという糖の性質から当然に予想できることであるとして、第三引用例によることなく、化学常識上自明の事項に依拠して判断していることが明らかである。

原告は、第三引用例の反応条件中温度条件を採用する以上、無水条件であることも採用しなければならないと主張するけれども、一般に、化学技術上の経験則に照すと、温度、圧力、無水等の反応条件については、これらの重畳的適用のみならず、個別的可分的適用も可能であるから、第二引用例のシヨ糖を使用する場合に、第二引用例における温度条件のみを採用しても何ら差支えがなく、原告の主張するように、温度条件を採用すれば当然に無水条件をも併わせて採用しなければならないという必然的な理由はないというべきである。したがつて、この点に関する原告の主張は失当である。

(二) 各引用例からの予測不可能について

成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には、シヨ糖を出発物質として使用し、これにプロピレンオキシドを付加させて、ポリウレタンフオームの原料となるポリエーテルポリオールを生成することが記載されており、そのポリエーテルポリオールは、別紙図面表示の化学構造を有するオクタキス(2―ヒドロキシプロピル)スクロースであることが認められる。そして、右認定の出発物質であるシヨ糖(C12H22O11)が化学構造上OH基を多数有するものであり、生成物にはOC3H6OH基が多数存在しているから、シヨ糖にプロピレンオキシド(C3H6O)を付加させることによりOC3H6OH基を有する生成物が得られること、プロピレンオキシドの付加がシヨ糖のOH基において生起するものであることは明らかである。また、前掲甲第五号証によれば、第三引用例には、前記認定のとおりグリセリンにプロピレンオキシドを付加するにあたり、一一〇℃ないし一三五℃の温度条件の下で行うことが記載されており、グリセリンにプロピレンオキシドを付加して得られる生成物がグリセリンのトリヒドロキシポリオキシー一、二―プロピレンエーテルであることが明らかである。右認定の生成物はその化合物名に徴し、ポリエーテルポリオールに属するものであつて、プロピレンオキシドの付加が出発物質たるグリセリン(C3H6(OH)3)のOH基において生起することが明らかである。そこで、第二引用例と第三引用例とを比較すると、両引用例における出発物質であるシヨ糖とグリセリンがともに多価ヒドロキシ化合物に属するから、両引用例は、いずれも多価ヒドロキシ化合物を出発物質とし、これにプロピレンオキシドを付加させて有用なポリエーテルポリオールを生成するものであり、しかもプロピレンオキシドの付加がいずれも多価ヒドロキシ化合物のヒドロキシ基において生起する点において共通している。右のように、両引用例は、出発物質、反応類型及び生成物において、それぞれ共通するところ、一般に、出発物質と反応類型が共通であれば、多くの場合、反応の進行態様が類似することは、化学技術の経験則に照して首肯することができ、両引用例におけるそれぞれの出発物質は具体的な化合物として異なるものであるが、その役割上、プロピレンオキシドと付加するヒドロキシ基を有すること、すなわち、多価ヒドロキシ化合物であることに、重要な意味を有しているから、第二引用例記載のシヨ糖を使用して第三引用例の温度条件を採用した場合には、シヨ糖のヒドロキシ基においてプロピレンオキシドの付加反応が進行し、その結果、所望の有用なポリエーテルポリオールが得られることを予測しうるものというべきである。

次に、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、ソルビトールにプロピレンオキシドを付加してポリエーテルポリオールを生成することが記載されており、その生成物は、特定の粘度と特定のOH価とにより規定される性質を有し、ポリウレタンフオームの製造に好適な性質を有するものであることが認められ、また、第二引用例の生成物たるポリエーテルポリオールもポリウレタンフオームの製造に用いられるものであることは、前記認定のとおりである。第一引用例と第二引用例における各生成物は、具体的化合物としては別異のものであるが、化学構造上類似の化合物であるということができる。すなわち、両引用例においてそれぞれ出発物質として使用される多価ヒドロキシ化合物は、糖類アルコールに属するソルビトール(C6H14O6)及び糖類に属するシヨ糖(C12H22O11)であつて、ともに糖類に特徴的な化学構造部分を持ち、これが各生成物の基本的化学構造にそれぞれ組込まれていることは、前掲甲第三号証、第四号証により認められるから、両引用例における各生成物は、いずれも基本的化学構造において糖類に由来する共通の部分を有し、かつ、ともにポリエーテルポリオールに属しているので、部分的化学構造において多数のエーテル結合と多数のヒドロキシ基を有している点においても共通している。したがつて、両引用例における各生成物は、基本的及び部分的な化学構造において共通する類似の化合物である。そして、化学常識に照すと、一般的に、二つの化合物が化学構造上類似していれば、その性質も類似する場合が多いといえるところ、前記のとおり、第一引用例の生成物が特定の粘度と特定のOHとにより規定される性質を有し、ポリウレタンフオームの製造に好適な性質を有するポリエーテルポリオールであるから、これと化学構造上類似するポリエーテルポリオールで、ポリウレタンフオームの製造に用いられる第二引用例の生成物が、第一引用例のそれと同様の性質を有するものと認められ、したがつて、第二引用例における出発物質であるシヨ糖を使用し第三引用例におけるプロピレンオキシド付加の条件を採用して得られるポリエーテルポリオールもまた、第一引用例の生成物と同様の性質を有するものであることは予測しうるところであるということができる。

なお、原告は、参照例に、多価ヒドロキシ化合物(多価アルコール)にプロピレンオキシドを付加して得られる生成物について、ソルビトールを使用した生成物は解乳化の性質を有するが、グリセリンを使用したものは解乳化の性質を有しえない旨の記載があり、多価アルコールがどれも同一の効果を示すか否か不明であることはすでに知られているところであると主張する。成立に争いのない甲第六号証によれば、参照例には、「グリセリンのようなトリオールから得られたものは、少くとも現時点ではさらに究明を要する途中の段階にあるが、少なくとも現在、………本発明の範囲内に含めることはできない。」旨の記載があるけれども、これは、油中水型エマルジヨンの解乳化性という特殊な性質に関する一事例を示しているものであるのみならず、参照例の記載中には、他に、使用すべき多価ヒドロキシ化合物の例として、ソルビトールを含む多数の化合物とともにグリセリンが挙示されていることが認められ、参照例から直ちに、グリセリンを使用して得た生成物が、ソルビトールを含む他の多価ヒドロキシ化合物を使用して得た生成物と全く異なり、およそ解乳化の性質を持ちえないと断定することはできない。したがつて、参照例をもつてしても、二つの化合物の化学構造が類似すれば、その性質も類似する場合が多いという化学常識を否定することはできず、また、第二引用例記載のシヨ糖を使用して得られる生成物が第一引用例のそれと同様の性質を有することは予測しうるとの前記判断を覆えすこともできない。

以上の次第であるから、各引用例の間にはそれぞれ技術的関連性のあることを認めうるのであり、各引用例から、第二引用例における出発物質たるシヨ糖を使用して、第三引用例におけるプロピレンオキシド付加の条件を採用した場合に所望の有用な生成物が得られること及びその生成物が第一引用例における生成物と同様なポリウレタンフオームの製造に好適な性質を有するものであることは、いずれも予測しうるものというべきである。したがつて、本願発明が、第一引用例に示されたポリウレタンフオームの製造に好適な性質を有するポリエーテルポリオールを製造するにあたり、第二引用例に示されたシヨ糖を使用し、第三引用例に示されたプロピレンオキシドの付加条件を採用したにすぎないものとした本件審決の判断に誤りはない。

(三) 本願発明の作用効果について

1 前掲甲第三号証によれば、第一引用例にも、ポリウレタンフオームの原料としてポリエーテルがポリエステルより安価であつて優れたものである旨記載されていることが認められ、また、前記認定のとおり、第二引用例はポリエーテルの出発物質としてシヨ糖を使用するものであることが明らかである。してみれば、第二引用例においても、シヨ糖から安価なポリエーテルポリオールを製造することができるという効果を奏するから、原告が主張する本願発明の1の作用効果をもつて顕著なものということはできない。

2 前掲甲第三号証によれば、第一引用例における生成物たるポリエーテルポリオールも、水含量、灰分含量をきわめて少なくし、PH及び粘度を適正に調節することができ、ポリウレタンフオームの原料として好適な性質を有していることが認められ、したがつて、原告が主張する本願発明の2の作用効果は、第一引用例においても収めうるものであるから、本願発明に特有特段の効果であるということはできない。

(四) 結論

以上のとおり、原告の主張する本件審決の取消事由はいずれも理由がなく、本願発明が各引用例から容易に発明することができたものとした本件審決の判断に誤りはない。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

サツカライドの水溶液をプロピレンオキシド(及び必要ならばエチレンオキシド)とオキシアルキル化触媒の存在で反応させることからなるポリエーテルポリオールの製造方法において、二〇〇psiを越えない好ましくは八〇psiを越えない圧力下かつ七〇°Fないし二七〇°Fの温度で、サツカライドとしてのシヨ糖のモル当り少なくとも三モルのプロピレンオキシドを使用すること、しかもシヨ糖モル当り使用されるアルキレンオキシドの全量は一〇ないし二五モルであること、前記範囲の間の前記条件は二五℃で二〇〇〇cpsないし四〇〇〇〇〇cpsの範囲内の粘度と二五〇ないし七五〇〇の範囲内のOH価とを有する生成物を造るように制御されること、反応生成物を実質的に中和することを特徴とするポリエーテルポリオールの製造方法

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